聖書からの逸脱 1 「アダムとエバ 1」

カウンセリングの教えが教会にありました。以前所属していた教会ですが、勿論今でも、そちらではあると思います。僕自身熱心にそれを学び、より良い信仰生活を送るために必要不可欠なものだと考えていました。

 

私は、この書の預言のことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これらにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書のことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。 黙示録22:18-19

 

教会内にある教えと聖書に書かれていることのギャップに気付き始めた時、とても悩みました。どうすることもできない、どうしようもないうめきの中で数少ない祈りの友と、切なる祈りを神に捧げる以外にありませんでした。神は、このような小さい、どうしようもない者の祈りを聞いていて下さいました。主は深く、偉大なる憐れみによって浜寺聖書教会の近藤修治牧師、そしてGrace Community Churchのジョン・F・マッカーサー師のメッセージや、本などにより多くのことを教えて下さり、そのことによって大きな喜びと平安が与えられました。それは本当に言葉に尽くせないものです。特に近藤牧師からは直接一対一の学びの機会まで与えて下さり、一つ一つがはっきりとしてきました。

このシリーズの記事(シリーズになる予定、です。どうなっていくかはまだはっきり分かりません)で書くことは、教会内のことなので、教会外にいる人には分かりづらい事もあるかと思います。
「聖書に書かれていることは何なのか」という学びに導かれ、自らをも振り返り、何が間違っていて逸脱していて聖書と違っていたのか、ということを一つ一つ検証していき、自分自身の悔い改めと、学び、という両方の点で意味のあることかと思い、パソコンに向かいWordを開く次第です。

 

 

1. 逸脱

【逸脱】 の意味をデジタル大辞泉で調べると次のようになっています。
本筋や決められた枠から外れること。

 

英語ではdeviation ですが、こちらをさらに調べてみますと、

 

[具体的には 【可算名詞】] 逸脱,脱線,偏向 〔from〕.
【可算名詞】 (政治信条からの)逸脱(行為).

 

となっています。今、安保法案で議論を呼んでいる「憲法解釈」も、この解釈における大きな逸脱解釈が大きな問題として世論、学者、様々な反対意見が巻き起こっているわけなのです。

真実、真理から逸脱する行為というのは、何も今に始まったことではありません。実は聖書を見るなら、この世界の始まるころから人間は逸脱し続けて来たのです。

 

1-1.アダムとエバの逸脱

人間を真理から逸脱させる背後に存在するのは、悪魔です。サタン、蛇とも聖書では呼ばれています。

 

さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」創世記3:1

 

神は、ほんとうに言われたのですか?

 

これは、エバに聞いているので疑問形ですよね。問いかけているのです。「本当にそんなこと言ったのですか?」と。「それは何かの聞き間違いではないのですか?そんな馬鹿げたこと言うはずはないですよね?」といったようなニュアンスが含まれているのは誰がみても明らかです。

まずサタンが仕掛けたことは、真理に対して疑問を抱かせることでした。「はたして、今まで信じてきた事は、真実であったのだろうか?もしかして違うのではないか?何かもっと違う、自分が知らない真実があるのだろうか?」そのような疑いの種を植え付けようとしたのです。

 

 

つづく