聖書からの逸脱 3 「アダムとエバ 3」

もう少し蛇の語った言葉に注目してみましょう。

 

そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを知っているのです。」 創世記3:4-5

 

神がとても自己中心的な存在で、なにか良いものを独り占めしている悪い存在である、といったイメージを抱かせる言葉です。蛇が語っているこの発言そのものが真理に対して付け足された「新しい真理」もしくは、「隠されていた真理」のような立場をとっていることに気付きますでしょうか?サタンが持ち込んだ新しい情報に対して、エバは少しずつ心が揺らぎ始めます。

 

私の前に置かれた、この、聞いたことも見たこともない新しい情報は、はたして真実なのだろうか?

 

といったようにエバが考えたかどうかは聖書には書かれていませんが、エバは自らの目を、その麗しい木の実に向けます。

 

そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。創世記3:6

 

蛇の言う通りに、その木の実は見るからに魅力的で、このような素晴らしいものを味わうことを赦されないこと自体が間違ったことのように考えたでしょうか。自分の感じていることと、その心の動きを正しいことだと力づけてくれるような蛇の言葉は、「食べるための勇気」を与えてくれたのかもしれません。

 

それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫もそれを食べた。
このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。 創世記3:6

 

 

心に抱いてしまった思いが、形となって外に現れた瞬間でした。

 

つづく….