偽教に惑わされるな2

2006年5月7日
Messenger: 近藤修司
Passage: コロサイ2:9-10
Listen: メッセージを聴く

エホバの証人はイエス・キリストが神であることを否定し、礼拝されるべきお方、旧約聖書で預言されたまことの救い主(メシヤ)であることを否定します。エホバの証人の始まりは1800年代のアメリカであったようですが、エホバの証人がどのような考えを持っているのか知りたくて幾度か教理ついて彼らと話こんだことがありました。

どのような経緯でそのような逸脱した教理を作りあげるに至ったかは知りません。しかし、聖書から大きく大きく逸脱してしまっていることは明白です。 彼らの聖書の表現は、私たちの使っている新改訳聖書とほぼ同様な内容で書かれている印象だったのですが、それでも彼らはその大きな逸脱に気付くことはありません。

カトリックのマリヤ礼拝、聖人礼拝も同様です。大きな逸脱ですが、この逸脱している事実に気付くことは無いです。キリストを産んだ母マリヤは、礼拝の対象と考えられています。彼らも使っている新共同訳聖書を調べたことがありますが、さほど大きな違いはないように感じました。(ある箇所で、明らかに付け足されている箇所を見つけましたが。外典、正典の違い、区別の差は大きいと思います。これについては私自身もっと学びが必要で十分な知識がありません。正典、外典、偽典については後日検証していきたいと思います。) それでも逸脱、誤りについて気付くことはありません。

教会の中に偽りの教えが入ってくるのは、初代教会の時代から存在していました。ありとあらゆる方法によりサタンは唯一完全な聖書のみことば、神の真理から人々を逸脱させ信仰からなんとかして外れさせたいと働き続けています。このサタンの働きは、この世界の始まった時、アダムとエバがいたエデンの園の時代からありました。

近藤牧師の話にあった「ダビンチ・コード」もそうです。あからさまな偽りをもってサタンは人々を惑わして続けているのです。今、現在も、です。

私たちは聖書にどのように書かれているのか、神は何をおっしゃっているのか、しっかり聞き、見て、学ぶ必要があります。聖霊によって教えられ続ける必要があります。もし聖霊の促しに対して耳を閉ざす、無視し続けるならサタンの偽りを見抜くことは決してできないでしょう。