偽教に惑わされるな3

Messenger: 近藤修司
Passage: コロサイ2:10-23
Listen: メッセージを聴く

 

違ったことを教え、私たちの主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気にかかっているのです。そこから、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑りが生じ、また、知性が腐ってしまって真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。金持ちになりだがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。 テモテへの手紙第一6:3-10

 

金銭を愛する、奨励する、まさに「利得の手段と考える」そのような風潮を強く、以前は感じていました。今ならはっきりそれが間違いであったことがわかります。パウロはあらゆる箇所で間違った教えに関して警告しています。聖書でこのようにはっきりと書かれているにも関わらず、なぜ人は自分の方向性を取ってしまうのでしょうか。「肉を満足させたい」ただそのことに尽きると思います。ただそれだけです。神に従うよりも、自分のやりたいように生きていきたい、その思いが、真理を曲げる結果となり、逸脱となり、しかも今日の話に出て来た「不満のある羊」のように全体を巻き込んで、皆が皆、自分勝手な方向に向かっていくことになるのです。

 

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がせてはなりません。恐れてはなりません。 ヨハネの福音書14:27

 

「世が与えるのとは違う」とイエス様はおしゃいました。以前の教会では「世にあるものを求め続けている」人が溢れていました。皆、思い思いの方向に向かい、「敬虔」と呼べそうなものはどこを見渡しても見つかりません。

 

様々な混乱のある場所から導き出され、今は、「広い場所」にいます。素晴らしい私の羊飼いは、まことに、緑の牧場に私を伏させて下さいました。